シッダールタ・チャタジー国連中国常駐調整官は、第二次世界大戦後で最も多国間主義が圧力に晒されている現在、グテーレス国連事務総長が提起した「未来サミット(Summit of the Future)」と、その帰結である「未来のための協定(Pact for the Future)」の意義を解説した。続いて、中国政府と連携して主要5分野に即した事前サミットを推進した経緯と、中国の貧困削減の到達点を紹介。安保理改革については、拒否権も含む本質的改革の必要性を強調し、「代表性の拡大」と「新たに加わる理事国の対等な権限」を訴えた。さらに、日本・韓国・中国の三国協調をアジアの「軸(フルクラム)」と位置づけ、少子高齢化、公衆衛生、気候変動など共通課題での協力の現実性に言及。日本の歴史的経験と国際貢献を踏まえ、日本が地域・世界のリーダーシップを発揮できると述べた。
レポーター:井門孝紀
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発言全文
(1)開会挨拶・「未来サミット」と「未来のための協定」について
議長閣下、そして国会議員の皆様、マルワラ事務次長、国連関係機関の同僚の皆様、本日はご挨拶の機会をいただき誠に感謝申し上げる。
まずは、やや沈痛な話から始めたい。第二次世界大戦以降、現在ほど多国間主義という仕組み全体が大きな圧力にさらされた時代はない。今、世界では複数の脅威が同時に収束し、かつてない規模の人の移動や避難が発生している。
1945年以降、人類は貧困の削減や紛争の解決など、さまざまな分野で大きな進歩を遂げてきたが、現時点の状況はその成果が揺らぎ、国際協調の信頼が最も低下した時代であると言わざるを得ない。この現状こそが、グテーレス国連事務総長が「未来サミット(Summit of the Future)」を提唱した理由である。国連システムが現代の課題に十分に応えられていない、すなわち「1945年の枠組みにとどまっている」という危機意識が出発点であった。
このサミットでは、5つの主要分野が議論の中心となっている。
第一に「グローバル・ガバナンス」、
第二に「平和と安全保障」、
第三に「持続可能な開発目標(SDGs)の加速」、
第四に「科学・技術・人工知能」、
そして第五に「若者と未来世代」である。
これらのテーマを基盤としてまとめられた「未来のための協定(Pact for the Future)」こそが、多国間主義を再生させるための北極星、すなわち我々が進むべき方向性を示すものである。
この全体像を共有することが、私の10分間の発言の前提である。ここから私の職務である中国での活動に話を移したい。私は国連開発システムの統括責任者として、中国政府と協力し、2024年には「未来サミット」に向けた8つの事前サミットを5つの主要テーマに沿って開催した。中国政府は多国間主義の再生という課題を非常に重視している。
本年3月には、北京で「未来のための協定に関する国際シンポジウム」が開催された。私はこの5年間北京に居住し、17〜18の省を訪問してきた。1979年当時、中国の一人当たりGDPは180ドルであり、人口の約90%が極度の貧困状態にあった。しかし現在、中国は約8億人を貧困から脱却させ、国内の絶対的貧困を根絶した。これは人類史上、他に類を見ない成果である。
中国は世界の耕作可能地のわずか9%しか持たないが、世界人口の5分の1を養っている。比較として、アフリカは世界の耕作地の60%を有しながら、年間3,000億ドル相当の食料を輸入している。この違いは非常に示唆的である。
私はこの事例を通じて、中国が国家としていかに劇的な変貌を遂げたかを強調したい。人口14億という規模の中でこの転換を実現した要因は、「政治的意思」「適切な公共政策」「強力なパートナーシップ」という三つの要素の融合である。
(2)安保理改革について
ご承知のとおり、安全保障理事会の常任理事国5か国(いわゆるP5)が一致している唯一の点がある。それは、自らの権限を手放さないという点である。この5か国が、次の国連事務総長を誰にするかを決定していることからも、それは明白である。
したがって、安保理改革を実現する唯一の方法は、私が先ほど申し上げたように、「モメンタム(機運)」を形成することである。すなわち、国連総会および加盟国が多極化した国際環境の中で、「安全保障理事会における代表性を拡大すべきだ」という声を上げ始めることである。
そして、改革にあたっては、拒否権(Veto)を除外する形での議論を行うべきではない。なぜなら、仮に安保理の議席数を20に拡大したとしても、依然として5か国が拒否権を保持しているのであれば、それは本質的な改革にはならないからである。
真の意味での安保理改革とは、新たに加わるすべての理事国が、既存の常任理事国と「対等な権限」を持つようになることを意味する。これこそが、改革の目的を達成する唯一の道である。
(3)日本の役割、三国協調と共通課題
日本は、国際連合と多方面で深く結びついた歴史的な遺産を持つ国である。そして日本は、戦争や紛争の結果がいかに悲惨なものであるかをよく理解している。私たちは広島と長崎で何が起こったかを知っている。だからこそ、日本こそが平和を訴える最もふさわしい国であると私は考える。日本は戦争の結果を実際に経験しており、その教訓を世界に伝える立場にある。
私は元軍人でもあり、12年間軍に在籍し、そのうち5年半を実際の戦闘に従事して過ごした。そうした経験からも、平和の重要性を深く理解している。
アジア太平洋の文脈、そしてより広い国際的な枠組みの中における日本の立ち位置は、極めて重要である。特に先ほど述べた日本・韓国・中国の三国関係において、日本は関係再構築の鍵となる役割を果たすことができる。意見の相違が存在する中でも、どこに共通点があるのかを見出すことが重要である。
実際、共通点は数多く存在している。たとえば、少子高齢化の問題、公衆衛生の課題、気候変動の問題などである。これらの課題は三国が協力できる分野であり、相互理解を深め、地域の再生へとつながる大きな可能性を開くものである。私は中国に居住しているが、こうした「共通の課題を通じた協力」が中国でも現実的に起こりつつあると感じている。
必要なのは、政治レベルでの対話をさらに進めること、そして第二・第三トラック(民間・専門家レベル)での対話を強化することである。率直に言えば、私はインド出身であり、インドと中国は外交的には必ずしも良好な関係とは言えない。しかしそれでも、中国政府は私を「国連中国常駐調整官」として受け入れてくれている。
(4)若手議員へのメッセージと地域的リーダーシップ
今のお話を伺って、本当に大きな希望を感じた。あなたのような若い世代の方が国会議員として活動していることに、まず心から敬意と祝意を申し上げたい。
私は心から願っている。数年後、あなたがこの国を率いる立場に立っていることを。なぜなら、いま世界に必要なのは、まさにあなたのような「新しい世代のリーダー」そして「新しい発想」であるからだ。あなた方の世代は、これまでのどの世代よりも世界と深くつながっており、平和を築く力を持っている。私たちのような世代は、思考が固定化され、柔軟さを失いつつある。だが、あなたは違う。80か国をバックパッカーとして旅したその柔軟な発想と経験こそが、日本の未来のリーダーシップを象徴している。私から申し上げることは一つだけだ。あなたのような世代こそが、マルチラテラリズム(多国間主義)に新たな希望をもたらす世代であるということだ。
私は、先ほど述べた「日本・韓国・中国」が地域の中心的な軸(フルクラム)となり、その連携がASEANや中国・インド間の関係再構築に推進力(ヴェロシティ)を与えるという文脈で申し上げた。そこには計り知れない可能性がある。
今、世界で欠けているのは「グローバル・リーダーシップ」である。だからこそ、必要なのは「地域的リーダーシップ」の台頭である。現実として、いま世界は多極化(マルチポラリティ)の時代に突入しており、それはすでに揺るぎないものとなっている。多極化した世界の中で、多国間主義(マルチラテラリズム)をいかに機能させるか――。それを実現するためには、加盟国それぞれのリーダーシップが不可欠である。
