京都国際平和構築センターの評議会において、同センター評議員であり元国際連合日本政府代表部特命全権大使の西田恒夫氏が、「越境智」と国家の比較優位、そして文化・教育の役割について見解を述べた。
西田氏はまず、「越境智」の概念に関連して、トーマス・フリードマンの著書『フラット化する世界』(2005年)を引き合いに出し、当時のグローバリゼーション論が産業や企業活動を中心に展開されたものであったと振り返った。そして、「今日の『越境智』の議論は、その延長線上にある」と位置づけた。
その上で、2005年から20年が経過した2025年の世界を見渡すと、「移民問題の激化が最も大きな変化である」と指摘した。特にトランプ政権下における移民政策を例に挙げ、「就労ビザ取得に1000万円を要求するなど、極端なナショナリズムと孤立主義が顕著に現れた」と述べた。H-1Bビザによる入国者の約8割がインド人であることを踏まえ、実質的に「インド政策でもあり、モディ首相との関係悪化がその一因であった」と分析した。そして、「こうしたナショナリズムの高まりは一過性のものではなく、今後も続く傾向だ」との見解を示した。
また、「越境智」は教育と研究の双方に関わるが、教育の分野ではより困難が伴うと述べた。「学生は就職を前提に教育を受けており、結果として比較優位のある国・地域に留学先を選ぶ傾向がある。教育における越境は、比較優位によって方向づけられる」と語った。その上で、「日本が教育における比較優位を確立できれば、日本を中心とした“越境智”の構築は十分可能である」と強調した。
さらに別の発言では、かつて外務省経済協力局長を務めていた経験を振り返り、「当時、日本のODAは世界最大であり、米国を上回っていた」と述べた。エイズ対策資金が世界的に不足していた当時、「国際機関のトップを含む援助関係者が、日本の支援を求めて毎日外務省に列をなしていた」と述懐した。
そこから、西田氏は「地政学的な視点よりも、国家としての魅力と知恵こそが国際競争力の源泉である」と強調した。「比較優位をいかに築くかが重要であり、東京に魅力があれば人は自然と集まる。結局、競争とは自国にどれだけの富と知恵、魅力があるかに尽きる」と述べた。
最後に、「メルカトル図法の地図で日本を中心に置くためには、国力の向上が不可欠である。その意味で、芸術は単なる文化活動ではなく、国力の源泉として位置づけられるべきだ」と結び、文化と創造性が国の未来を形づくる鍵であると強調した。
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(レポーター 井門孝紀)
発言原文
西田恒夫 京都国際平和構築センター評議員 元国際連合日本政府代表部特命全権大使
発言1
お話を伺っていて思い出したのは、トーマス・フリードマンの『フラット化する世界』である。出版されたのは2005年であり、主に産業や企業活動を中心にグローバリゼーションの進展を論じたものであった。今日議論されている「越境智」という考え方も、その延長線上にあるものと理解している。
それから20年が経過した2025年、この間何が起きたかといえば、移民問題の激化である。例えばトランプ政権下では、就労ビザの取得に1000万円を要求するというような驚くべき政策が示され、極端なナショナリズム、孤立主義的対応が見られた。投資は歓迎するが人はいらない、口を出すな、アメリカはアメリカ人でやっていくという発想である。因みにH-1Bビザで入国する高度技術者の約8割がインド人であるため、実際にはインドを狙い撃ちした政策でもあった。モディ首相との関係が悪化する中で、アメリカは意図的にインドが嫌がる施策を次々と打ち出した。こうした具体的な政策に見られるように、米国はじめナショナリズム的傾向は世界的に強まっており、これは一時的ではなく、今後も続いていく現象だと考える。
この点から見ると、「越境智」は教育と研究の双方に関わるが、研究に関してはある程度成り立つとしても、教育については難しさがある。なぜなら、学生は就職を前提として教育を受けているからである。就職を考えたとき、比較優位のある場所に留学したいと考えるのは当然である。結局のところ、教育における越境はその比較優位によって方向づけられる。
換言すれば日本が教育における比較優位を確立できれば、日本を軸とした越境智の構築は十分可能である。
発言2
今の神余先生のお話はその通りだと思うが、別の側面もあると考える。私が経済協力局長の時代、日本のODAは世界最大であり、アメリカを上回っていた。
当時は疫病(エイズ)が蔓延しそのための資金が渇望されていた時で、外務省経済協力局の前の廊下には、国際機関トップを含め多数の援助関係者が日本の資金援助の陳情のために毎日列をなしていた。これは決して大げさではなく、実際にそうであった。
したがって、先ほどとは異なる言い方になるが、私は「比較優位」こそ重要であり、東京に魅力があれば人は東京に集まると考える。昨今地政学的論評が流行っているようであるが、違和感がある。結局のところ、競争とは、自国にいかに魅力があり、富があり、知恵があるかに尽きる。
メルカトル図法の地図で日本を中心に位置づけるためには、日本が国力をいかに高めるかが決定的に重要である。その点で、芸術の役割も極めて大きく、国力の源泉として位置づけられるべきだと私は考える。