「平和構築の新たなパラダイム」をテーマとするオンラインセミナーが、2025年12月16日、学者および実務家の参加のもと開催された。
セミナーでは、スティムソンセンターの特別研究員であるロバート・バーグ氏が、新たな平和構築のパラダイムについて基調発表を行った。続いて、笹川平和財団の中山真帆氏が発言し、実務の視点から同パラダイムの意義についてコメントした。
その後、坂根宏治教授、猪又忠徳大使、アルベニタ・ソパージ博士がそれぞれ登壇し、研究・外交・政策の立場から新しい平和構築の枠組みに関する見解を述べた。多角的な視点からの議論を通じて、今後の平和構築のあり方について活発な意見交換が行われた。
本セミナーは谷本真邦氏の開会挨拶によって始まり、閉会挨拶をもって締めくくられた。
(レポーター 井門孝紀)
議論の概要
グローバル・ピース・ファンド構想
本会合では、ロバート・バーグ氏により提示された「平和構築の新たなパラダイム」を中心に議論が行われた。バーグ氏は、国家レベルでの包括的かつ体系的な戦略の必要性を強調し、国家のレジリエンスを強化し、複雑化する平和課題に対処する重要性を指摘した。
同氏は、グローバルな専門家によって運営される大規模な基金を創設し、技術支援および中長期的な制度構築を支援する構想を提案した。その際、グローバル・サウスの関与を重視し、多国間開発銀行との連携を促進する必要性が示された。
基金プログラムの策定プロセスとして、市民の安全保障ニーズの把握、関係主体の特定、マクロ政策への対応、実行可能な資金調達の構築が挙げられた。今後のステップとしては、諮問委員会および理事会の設立、実施計画策定のための独立調査の実施、さらに平和構築を他の慈善分野と競争できるよう、経済的意義を高める方法の検討が示された。
グローバルな平和構築をめぐる課題
本会合では、平和構築および調停をめぐる課題についても議論が行われた。中山真帆氏は、ドナー機関間の連携強化の必要性を指摘するとともに、安全保障および政治分野における意思決定の上位レベルに女性の視点を統合する重要性を強調した。
坂根宏治教授は、イスラエル・パレスチナ、ロシア・ウクライナ、スーダンなどの地域で続く暴力と人道的苦境に懸念を示し、さらにポピュリズムや内向き志向の高まりが国際的な平和への取り組みを阻害していることへの危機感を表明した。両氏は、紛争が増加し、平和に向けた強い政治的意思が不足する現代において、政治指導者および市民社会の平和促進努力を支援する必要性を強調した。
平和構築の戦略と課題
猪又忠徳大使およびバーグ氏を中心に、平和構築における課題と戦略について議論が行われた。特に、国連安保理決議1325号の記念年に言及しつつ、平和プロセスにおける女性の参画の重要性が強調された。また、元UNIFEM事務局長であり、国連アジア太平洋経済社会委員会(ESCAP)事務局長も務めたノーリーン・ヘイザー氏が提唱した、女性を中核に据えた強力な戦略の必要性が紹介された。
議論では、大規模紛争の複雑性や、人道支援分野における疲弊感にも触れられ、今後は民間資金への転換が必要であるとの認識が共有された。また、コロンビアなど過去の平和構築の成功事例から学ぶ重要性が確認される一方で、暴力が激化した後では平和構築の手段が限定されるという現実も指摘された。最終的に、基金はまず比較的取り組みやすい事例から着手し、能力と評価を高めた上で、より複雑な状況に取り組むべきだとの結論に至った。
国連平和維持活動における文民専門性
猪又大使は、国連平和活動における文民専門家の重要性を指摘し、平和維持および文民活動に関する30のモジュールまたはモデルが特定されていることを紹介した。平和は地域社会レベルで構築されるものであり、安全保障と開発の両方を含むものであることから、軍事力だけでは平和活動を十分に担えないと強調した。
また、若手専門家の高い意欲を平和維持活動に活かすことへの期待が示され、平和維持と人道支援分野の連携を強化するための調整メカニズムの構築が提案された。
国連改革と平和構築の課題
本会合では、国連におけるリーダーシップ、広報、平和構築の実効性をめぐる課題と改革の可能性についても議論された。バーグ氏は、より良いリーダーシップの必要性を強調するとともに、国連の成功事例を紹介し、日本が平和構築においてより大きな役割を果たし得るとの見解を示した。
ヴェッセリン・ポポフスキー教授は、敵対的環境下における国連の限界を指摘し、常任理事国制度の撤廃を含む安全保障理事会改革を提唱した。アルベニタ・ソパージ博士は、平和維持および平和構築におけるAIの活用について質問し、これに対しバーグ氏は、AIが持つデュアルユース(軍事・民生両用)性への懸念を示した。議論は、日本が将来の国連平和構築において果たす役割を検討するよう呼びかける形で締めくくられた。
東京におけるUNPDA構想
セミナーの最後に、モデレーターの長谷川祐弘氏が、国連開発計画(UNDP)と国連平和構築基金の資源を統合した新たな「国連平和構築・開発機関(UNPDA)」を東京に設立する構想を提案した。同機関は人間の安全保障に重点を置き、ケニア・ナイロビで国連が運営する三者パートナーシップ・プログラムを含むものとされた。
この提案は、国家安全保障ではなく人間の安全保障を重視する、新たな平和構築および開発アプローチの必要性に応えることを目的としている。
