【国際機構論】10月26日(火)ILO駐日代表 長谷川真一様

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本日はILO駐日代表・長谷川真一様にお越しいただきました。世界経済の変化と共に変わる世界の雇用と労働の問題に関してお話しされ、社会正義の実現を目標として活動するILOの構造や歴史、活動に関して詳しく御講演していただきました。未だに問題となっている途上国の児童労働や、リーマンショック以降の世界の労働や雇用、ディーセントワークなどの課題が山積していることを学びました。(田口亜美)

<Ⅰ.講義概要>
1、ILO(国際労働機関)の目的・組織・活動
(1)ILOとはどのような機関か。第一次世界大戦後の国際連盟設立と共に創られた国際機関である。1946年以来国際連合の専門機関となり、ILOに続きWHOなども専門機関となる。国連に加盟し、ILOに加盟していない国も存在するため、ILO加盟数は国連より少ない。通常、国際機関は国単位で政府が意思決定を行う。ILOの意思決定の参加は、三者構成で政府・使用者代表・労働者代表である。これは国連に関係する国際機関で唯一である。
(2)1919年の創設時から日本は加盟したが、当時日本では、労働組織が出来たばかりである。1938年脱退するが、1951年には再加盟する。
(3)社会正義の実現がILOの目的である。軍事だけでなく、格差と貧困がある限り、平和は存在しない。ある国の労働条件が低いと、製品の価格が低下するため他国も価格を切り下げ、競争が起こる。これは労働条件の切り下げ競争である。労働条件の切り下げ競争を防止するために、国際的な基準が必要である。現在は「すべての人に働きがいのある人間らしい仕事(ディーセントワーク)の実現」が目標である。
(4)ILOの本部はジュネーブである。年に一回開催される総会を中心に、通常運営の決定を行う理事会と事務局がある。タイのバンコクにあるアジア太平洋地域総局にはILOカントリーオフィスがある。北京・マニラ・ニューデリー・ハノイなどである。日本は十大産業国の一つである。常任理事である政府の理事と、3年に一度の選挙に投票された労使の理事、日本人三人が理事としてILOに貢献している。
(5)ILOは国際労働条約を設定する。それを支える独特の基準適用監視システムが存在する。第一次世界大戦後、ヨーロッパ、欧米を中心に労働条件をそろえることに役立った。第二次世界大戦後は途上国が加盟したため、発展状況が異なるため、条約の適用監視システムだけでは労働条件の浸透が困難である。効果的な政策を実施するために、国際的技術協力計画が必要となった。児童労働条約を多くの国が批准していても、2億人を超える児童労働が存在する。国ごとに状況も異なり、容易に解決できる問題ではない。現場に適したプロジェクトが必要である。もちろん条約を批准し、実現できていない国が、子供が働くことは条約に違反し、いけないことであるということにコミットすることも大事である。
2、世界の労働市場の変化

(1)世界の労働市場はどのように変化しているのだろうか。主に七つ挙げられる。まず初めに大きな問題として、世界の労働力の状況である。第一次産業である農業から第3次産業へと移っている。世界労働者数の約4割を中国とインドで占めているため、世界の雇用の状況は、中国とインドに左右される。
(2)二つ目は失業者、脆弱な労働者、貧困問題、長期失業や若者や女性の雇用の問題である。働く貧困層のわりあいが増えている。失業が最大の問題とされてきたが、職があっても、貧困であるワーキングプアも問題である。
(3)三つ目は農村から都市への移住とインフォーマル経済の拡大である。中国では出稼ぎ労働が増え、農村から都市への移住者が増加している。格差の拡大が問題である。税金を払わず無断での道端営業といった、都市でのインフォーマル経済が拡大する。よって労働法に合致しない行為が行われている可能性が高い。例えばバングラデシュでは、8割がインフォーマル経済のため、労働法、社会保障の恩恵を受けられない人々が、多く存在する。
(4)四つ目は国際労働力の移動の増加である。専門能力のある外国人が技術の提供などを行うのであればよいものである。一方、受け入れ国で社会的評価を受けていない仕事に外国人労働者が使われていることも多い。こういう場合、最悪のケースとして強制労働や人身売買といった問題も起こる。
(5) 五つ目はグローバル生産システムと雇用の変化である。多国籍企業が最適の国で生産をする。良質の雇用が提供される面もある。一方、コスト削減のために児童労働が存在したりもする。企業もイメージダウンを防ぐために、的確な労働条件のもと製品が作られることを確保することが必要である。ところで、児童労働問題は、歴史的には先進国も直面してきた。産業革命以降工業が発展した。女性や子供が過酷な労働条件のもと働かされていた時代がある。労働法を作りこのような問題を、多くの国は解決していった。日本は明治維新以降、児童労働問題を迅速に解決できた。
(6) 六つ目は技能労働力の不足である。技術発展と共に製品の製作過程が複雑化しているため、 きちんと働くことのできる労働者を育成していく必要性がある。
(7) 七つ目は人口構造の変化である。世界的に60歳以上人口の割合が増えて、少子高齢化である。途上国でも、乳幼児の死亡率低下がある。先進国にとっては長期的には重大な問題となる。高齢化に対しての雇用問題や、医療制度である。日本は高齢化が一番進んでいるので、どのように対応していくかが世界的に注目されている。
3.ILOの対応
(1)ILOはこのような世界の労働市場の変化に関してどのように対応しているのだろうか。仕事があれば労働問題は解決出来るのだろうか。ILOは働きがいのある人間らしい仕事として、「ディーセントワーク」を掲げている。ディーセントワークとは雇用の量と雇用の質が共に保たれる必要がある。最大の問題は失業であるが、ディーセントである仕事の確保が重要である。仕事があったとしてもワーキングプアーであってはならない。
(2)ディーセントでない仕事とは、例えば不完全な職業、質の低い非生産的な仕事、危険な仕事、不安定な所得の仕事、権利が認められていない仕事、男女不平等な仕事である。
(3)加盟国は条約を批准していなくとも、仕事における基本的権利に関する原則を尊重、促進、実現する義務を負う。基本的原則はILO条約(中核的労働基準)であり、結社の自由、強制労働、児童労働の禁止や差別撤廃に関する条約である。
4.世界の雇用と現状の課題
(1) グローバル化は世界の発展という面では良いが、一方で格差を生んでいる。そこで2004年、「公正なグローバル化―すべての人々に機会を創りだす」を掲げ、2008年には「公正なグローバル化のための社会正義宣言」を採択した。グローバル化の道筋を変えていく必要がある。ディーセントワークを経済社会政策の中心におくことが大事である。宣言では、個人の能力開発と持続可能な企業の重要性を強調している。
(2) 危機の前にもディーセントでない仕事は多かった。危機により世界で2億1千万人の失業者が出ている。新しい仕事を生み出すため仕事に重点を置いた成長が必要。高齢化の一方、若者が市場に出ているため、若者のために新しい仕事を作る必要性がある。成長、雇用、社会的統合の政策バランスが大事である。
(3)世界の6億2千万人の若者のうち2009年末の調査によると、8100万人が失業し、これは過去最高水準である。若者の失業率は年々増え、仕事に就く希望を失っている若者からなる「失われた世代」が生まれる。今回の経済危機では、企業による雇用調整により、賃金や労働時間の削減が行われた。景気が回復してきてもこれらのワークシェアを元に戻すだけで、新たな雇用を行わないという問題がある。若年に的を絞った包括的な雇用と職業訓練の対策が必要である。
(4)1年前の時点では、2013年に雇用が危機以前に回復と予想されていたが、現在は2015年まで遅れると予想されている。求職者の40%が1年以上失業状態でありモラルの低下、自尊心喪失など心の健康問題を抱える人が増加している。世界的に雇用創出が重要視されたことから、MDGsにも雇用問題に関連することが挙げられている。MDGsの目標1から3は、極度の貧困と飢餓の撲滅、普遍的な初等教育の達成、ジェンダーの平等の推進と女性の地位の向上であり、ILO活動は密接に関係する。

5、ILOと日本
厚生労働省をはじめとするさまざまな省庁がILOと共に活動している。日本の財政寄付はアメリカに次ぐ世界第2位で比率は16.6%である。日本人職員の数は専門職員39名、幹部職員4名と少ない。日本も明治維新以降、労働問題を解決してきた。その経験などを生かし日本人がILO職員として活躍していく必要がある。雇用問題、高齢化問題は日本でも大きな問題となっている。国際機関と共に今後、上手く対応していかなければならない。

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<Ⅱ.質疑応答>
1、手伝いと児童労働の子供の意識の違いに関して
定義の問題であり、学校に行けなくなるほどの労働であるならば、それは児童労働と見做される。例えば、学校に行った後の親の手伝いは児童労働ではない。
2、日本はどのようなILO条約に加盟してないか
労働時間、一般的差別の基準条約に加盟していないなど、欧州と比べると加盟数が少ないが、世界的に見ると労働環境は良い。
3、社会主義の実現は資本主義実現を目指す国との対立はしないか
冷戦時代はILOにも政治問題の影響があった。アメリカは、人権と民主主義を広める上で労働組合が重要であると考え、ILOにも深くコミットしている。
4、技能実習制度に関して
研修として技能を日本で学ぶ。これは日本が考え出したもの。多くの国は、2国間協定で枠を作り労働者を受け入れている。日本の制度に関して本当に研修として受け入れられているのかという指摘もある。
5、ソーシャルセキュリティとソーシャルプロテクションの違い
ソーシャルセキュリティは年金や健康保険など。ソーシャルプロテクションは広い概念で労働基準法なども含まれる。

長谷川 真一
1972年東京大学法学部卒業後、同年労働省に入省。経済協力開発機構(OECD)日本政府代表部に一等書記官として勤務。労政局労働法規課長、労政局労働組合課長、労働基準局監督課長、大臣官房秘書課長、職業安定局高齢・障害者対策部長を経て、2000年から大阪労働局長。2002年より厚生労働省大臣官房総括審議官(国際担当)としてILO総会・理事会に政府代表として出席。2005年ILOアジア・太平洋地域総局長。2006年1月よりILO駐日代表を務める。