【外交総合講座】2009年6月17日(水) 谷口 和繁様 世界銀行駐日特別代表

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2009年度法政大学法学部

「外交総合講座」

■テーマ : Global Financial Crisis and Japan

■講 師 : 谷口 和繁 氏 世界銀行駐日特別代表

■日 時 : 2009年6月17日(水) 13:30~15:00

■場 所 : 法政大学市ヶ谷キャンパス 外濠校舎 307教室

■作成者 : 大山 諒佑 法政大学法学部国際政治学科2年

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<講義概要>

世界恐慌の背景
(1)今日の100年に一度といわれる世界的な経済危機ではいったいどのようなことが起こっているのだろうか。2年ほど前にアメリカでサブプライムローン問題が起こり、昨年の秋から金融危機が本格的に生じたが、その根本原因は金融的な現象である。
(2)今回のサブ・プライム・ローン問題にの背景にはアメリカの不動産バブルがある。今後も不動産価格は上がるであろうと期待すると、その不動産を担保としてお金を借り、不動産の値段が上がったら、それを売って更に多くの資金を得る、ということが期待できる。殆んど元手のない人でも、不動産自体は何も生み出していなくても、バブルの時にはこのような取引を繰り返すことによって、億万長者になろうとする人も出てくる。

(3)バブルのときには、みんなが投資先を求めており、サブ・プライム・ローンという信用力の低い借手に対する住宅ローンも投資対象になった。実際は返すことができない人々に初めの3年間は無利子で住宅ローンを組んで、その3年間に住宅の値段は上がるため、借り換えることによって、更に大きな住宅にまた3年間無利子のローンを得て、住むことができた。お金を貸す方はもともと信用力の低いローンであるにもかかわらず、これを組み合わせたり分割したりして、ほかの投資家に売ってしまった。(4)もともとお金を返す当てのない多くの人々が値上がり期待で、借金をして住宅を購入した。そのようなことは長くは続かない。無利子の期間が過ぎたときに不動産価格が想定どおり上がっていなければ、お金を返せないため、買ったはずの住宅がとられてしまう。貸した銀行には不良債権が発生する。これがサブ・プライム・ローン問題の発端である。

(5)バブルが破綻すると、今まで上手くいっていたことが逆回転になる。サブ・プライム・ローンを買っていた投資会社はそのまま転売するのではなく、リスクを下げるために様々な地域のサブ・プライム・ローンを混ぜて分割し、優良な投資資産として売り出していた。これにより、本来はリスクの高かったはずのサブ・プライム・ローン関連金融商品が拡大していった。バブル景気による米国の消費拡大は世界全体の好景気を引っ張った。ついにそれが破裂したということに気がついたのが約2年前である。昨年の秋にリーマン・ブラザーズが破綻して、今や世界経済のバブルが崩壊し、金融危機となり、世界中に波及している。

金融危機の途上国への影響
(1)初めにサブ・プライム・ローン問題とは金融的現象と説明したが、それは先進国で生じたことである。ではなぜ金融市場の発達していないアフリカやアジアの開発途上国の経済にまで影響を及ぼすのだろうか。主に3つの経路がある。
(2)一つ目は信用の縮小による経済の縮小である。金融とはいわば信用で成り立っている。例えば、借り手は貸し手に金利を払い返済するのが最も単純な金融であるが、それが成り立つには、借り手が将来借金を返済するという信用がなければならない。確かに、借り手側は倒産してしまうこともあり、最終的には確率の問題にはなるが、高確率で返済する可能性がないと金融は成り立たない。しかし、リーマン・ブラザーズ破綻以後、最も信頼し合ってなければならない金融機関同士が信頼できなくなった。取引先である銀行の信用がないと、お金を借りることができなくなり、結果としてその日の決済さえもできなくなる。お金の貸し借りができなくなるということは、決済ができなくなることである。ある程度以上の商売をしていると、現金で商売が成り立つということはほとんどないため、銀行口座を使用して決済が行われる。それには、口座のある銀行が信用できなければならない。信用のない銀行には送金できなくなるので、取引が停止してしまう。このように金融が縮小すると、信用の低い相手との商取引がとまり、投資が減り、経済の規模が縮小する。先進国で発生したことが、信用が縮小するという段階になった時点で信用が低い途上国への投資が減り、経済に悪影響を与える。
(3)二つ目は生産の縮小である。例えば先進国で不景気になれば自動車市場では買い控えが起き、それに伴い先進国の生産が縮小し、部品や原料の調達も縮小する。主に部品や原料を先進国向けに生産している途上国は輸出が減り、自国の生産と貿易収入の縮小が起こる。先進国に安い消費財を輸出してきた多くの途上国の生産と貿易収入も縮小する。

(4)三つ目は海外送金の縮小である。多くの途上国の人は海外に移民に出たり出稼ぎに行き、母国へ送金する。途上国においては海外送金が大きな収入になっている。(2)、(3)で説明したように、信用と生産の縮小により出稼ぎの人々の雇用・収入が減り、送金が縮小する。

3.途上国の被害
(1)途上国では多くの幼児が5歳までに死亡している。その原因の一つとしてマラリヤやコレラのような病気だけなく、栄養失調がある。栄養失調によって5才までに死亡した幼児の数は世界で年間400万人にも及ぶ。それは日本の19歳と20歳の人の全員の数をも上回る。また、衛生状態などの理由も含めて、1才までに死亡する乳幼児の数は年間700万人以上である。今日の経済危機によって毎年さらに20万人から40万人の乳幼児が死亡すると思われる。
(2)世界には電気が供給されない地域が多くある。特にサブ・サハラ・アフリカでは人口の7割以上が電気の供給を受けていない。多くの援助機関は彼らに薬や食料の援助を提供しようとするが、電気がなければ食料は腐り、薬は傷んでしまう。道路がなければ物資を人々に迅速に配れない。援助をする際に全体として計画を立てなければ無駄になってしまう。
(3)かわいそうな貧困国に援助するために寄付をするという行為は尊いものである。その際、寄付した資金が何に使われているのかを説明するアカウンタビリティーは重要であるが、その結果、薬や食料などの目に見えるものに援助が傾きがちである。それ自体は尊いことであるがそれらを電気や道路のインフラが設備されていない地域に送ろうとしても、効果的でない恐れがある。無論、物資の支援は重要だが、最低限のインフラがなければ継続的な支援、持続的な成長ができない。援助から自立して持続的な成長をさせるには、基礎であるインフラを整備しなければいけない。

4.バブル崩壊

(1)日本のバブルは1989年末に崩壊し、1990年以降日本経済の長期低迷が始まった。

(2)日経株価は1989年末を境に下降した。バブル時の5年分程の上昇分を崩壊後10年程でほんとんどはき出した。

(3)土地の値段は90~91年を境に下降し始めたが、株価と同じくバブル時の5年分程の上昇を崩壊後10年程ではきだした。
(4)日本とアメリカのバブルを比較すると、アメリカの住宅バブル崩壊の後の住宅価格の下げ幅がまだたりないように見える。バブル崩壊後、日本と同じようなプロセスをたどるとすると、経済が縮小するプロセスはもう少し続いていくとも考えられる。
(5)ただし、日本の場合は対応が遅れ、対策が後出しになった面があるが、今回の世界的バブル崩壊は世界中で非常に大きな経済対策が迅速に取られている。したがって、今回のバブル崩壊については日本のようなプロセスになるのではなく、もう少し速く回復する可能性はある。

5.将来の日本経済と国際経済
(1)日本の人口は約1億2500万人であるが、2年前を境に人口は減少している。端的な理由は出生率が低いことにある。人口を維持するためには単純に考えて出生率が2なければいけないが、現在は約1.3である。しかし、現在はそれほど人口が減っているわけではない。日本人の寿命が長いため、生まれる人の数が減っても、死亡する人が増えないため、人口減少は顕著ではない。
(2)今日新しく生まれる子供の数は年間約110万人であるが、1学年約200万人以上である多くの人口が中高年以上にいる。今後約20年の間に毎年200万人以上が死亡するという時代が訪れる。その間子供を作る世代の人口も減少していくので恐らく生まれてくる子どもの数は年間100万人未満になるかもしれない。差し引き毎年100万人以上人口が減少するときがやってくる。2100年には日本の人口は最悪3800万人に減少する。
(3)日本経済は戦後高度成長を遂げ、バブルを迎えた。1990年のバブル崩壊後から現在まで成長は停滞してはいるが、実はGDPはバブル時よりも上にいる。
(4)過去30年ほどの国の予算と税収をグラフで見ると、常に予算の方が税収よりも上にある。つまり、財政はこの間赤字が続いていた。しかし、グラフをよく見ると、バブル崩壊の1990年で線の動きが違っていることに気づく。それまで両方とも上向きの平行線だったものが、予算は上向き、税収は下向き、と拡散するようになった。バブル崩壊後は公共事業などの景気刺激を増やしながら大幅な減税を行ったのだ。

(5)国の借金である国債残高は約550兆円あるが、そのうち380兆円はバブル崩壊後に作った赤字である。年間平均約20兆円の計算になる。その借金により、バブル崩壊後株価や土地の値段が下がっても日本経済はバブルのピーク時よりも高い状態にいる。それを維持するために毎年20兆円の赤字を負っているが、問題はいつまで続けることができるのだろうかということである。
(6)経済の規模と借金の金額をマクロ的に比較すると、日本、ヨーロッパ、アメリカは1990年頃には同じ程度の借金の状態であった。しかしその後日本のみ国の経済の規模に比べ借金の規模が増え、先進国の中で最悪の借金まみれの国になってしまった。
(7)説明したように、日本の人口は今後減少していく一方で赤字は増えていく。増えていく借金を返済する人口が減っていく。つまり今後一人あたりの借金の量が急速に増えることになる。したがって、できる限り早く借金を減らすことを考えなければいけない。

(8)このような状況の下でも日本は途上国に多くの援助をしている。それらの原資を考えれば、税金のみならず借金を使って援助を行っていることになる。つまり将来の子どものお金を前借りして途上国に援助している。これはどう考えればよいか。今後成長していく可能性が大いにある途上国に投資し、成長をした国から返済を受けるという考え方が互いのためになるといえる。将来の子どもの借金が増えることになるかもしれないが、同時に彼らへの投資にもなる。また、本当に困っているときに助けの手を差し出すことは、日本と相手国との信頼につながる。その信頼は将来の基礎になる。それが今のような財政状況でもグローバルな観点で援助をすることが必要であるということの一つの意味になるのではないかと考える。

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<Ⅱ.質疑応答>

1.

Q.日本の借金に対して国民一人一人のレベルでできることはなにか。

A. 個人レベルで早急にできることはないが、借金を減らすには2つの方法がある。一つは、予算を縮小することである。しかし予算で最も大きな項目は社会福祉であるが、社会福祉をカットするとなると疑問が生じるため、どの予算を減らすかを考えなければならない。二つ目として収入を増やすための増税がある。ヨーロッパでは日本と比べて税金が非常に高いが、国民が高い税金を負担して将来の子供たちの借金が増加するのを防いだ。予算の利益を受ける世代と負担する世代のバランスが大切であり、個人個人が国の予算について考える必要がある。

2.

Q. 東アジア共同体のような、地域統合についてどう考えるか。

A.経済発展では「地域」の概念が重要である。世界銀行の最近のレポートでも、生産・消費の人口がある程度まとまった地域の経済が大きく発展している。東アジア地域は人口が多く、複数の国が隣接しているため、大きなマーケットができる。地域共同体としてインフラの整備や関税などの制度の一体化を進めることで地域全体の経済が発展することができる。

3.

Q.今日の金融危機はグローバル経済の影響もあると思うが、今後のグローバル経済をどう考えるか。

A.今回、確かにグローバル経済のマイナス面も出たが、利益の方がはるかに大きい。貿易が増えることは世界経済全体に利益を生む。したがってグローバル化としての金融と貿易は今後も発展するべきである。一方で未だ最低限の流通システムやインフラを確立していない地域はグローバル経済の利益を被っていないため世界全体として発展していくことに努力しなければいけない。なお、今回の反省として、新しい商品が生まれると新たなリスクも生まれるが、そのリスクを監督し、規制する必要がある。

谷口和繁

東京大学にて法学士、スタンフォード大学にて経営学修士号取得。財務省に29年間勤務する。主に国際金融、国際課税、組織管理の3分野を担当。国際交渉、協議、知的支援などの目的で、総公務経験30年間で50カ国以上を訪問した。2008年から現職。世界に貢献する世界銀行職員(ジュニア・プロフェッショナル・オフィサー)を募る活動にも力を注いでいる。